ナチュラル・コミュニケーションの扉をノックする前に・・・

                自然と話し、自然に出会う
              ~ナチュラル・コミュニケーション~

          ”わたしは、あなたのココがすばらしいと思います”
             ”わたしは、あなたを心から愛しています”

               ”あなたのココが気になります・・・”


 男性、女性問わず、なかなか自分のホンネ、想いを言いません。それでいて、相手が
わかってくれなかったり、思い通りに反応してくれないことに、いらだったり、傷ついたり
します。


          ・・・ただ、自然に自分の想いを伝えるだけなのに・・・

              「あの人は、どうせわかりっこない」
              「嫌われたらどうしよう・・・」
              「どうせ・・・」

 あるいは、何でも自分の言いたいことを言うだけの人もいます。

             「あなたの髪型イマイチね!」
             「いいかげんにしてよね!」
                「フン!(と無視)」


            ・・・ただ自然にはなすだけなのに・・・


 相手の気を惹こうとめいっぱいにオシャレに気を遣いすぎたり・・・
 相手のいやがる気持ちを察することができず、ムリヤリ誘ったり・・・
 上司や部下、同僚がわかってくれないと嘆いたり・・・


人間は、はなせるばかりに悩み、傷つき、怒ります。


       ”わたしの想いは、こうよ。あなたの気持ちを聴かせてね”


自然な受け入れ態勢ができてくれば、驚くほど人は、自分の想いを言いはじめます。


             ”自然と話し、自然に出会う”
       ~ナチュラル・コミュニケーションの扉へようこそ~

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# by naturalcom | 2004-04-18 19:30 | 入口に入る前に

ナチュラル・コミュニケーションの世界へようこそ

メールマガジン(サンプル)№1

               誰もが待ち、恋焦がれる様に求めていた    
                 “ナチュラル・コミュニケーション”
                 ~自然に出会い花開く・・・~

 あなたは、人と話すときに、自然に話せ、人と出会い、自分自身もイキイキとした人生を生きているでしょうか。仕事をするのはお金のための義務でしかなかったり、本来なら心を許せる筈のパートナーとも表面的な話になりがちで、深いレベルでは、わかりあえていないのではないでしょうか。

 世間では「どうすれば相手を説得できるか」「どう惹きつけるか」という主張ばかりが横行しています。その結果、表面で言っている事と内面で思っていることに「格差」が生じ、本来の自然な出会いがなくなってしまっています。

また自分自身だけを見ても、「あ~今日も仕事か」とか「イヤだなぁ」などとつぶやいている「ことばの集積」によってその人の人生が決定されて行くのです。

 ナチュラル・コミュニケーションは、人間本来の「自然に話す」「人や自分自身と出会う」能力を磨き、自然な自分自身の姿に戻り、イキイキとした人生を生きるための道しるべを提供します。

巷では、①上手に(正しく)話す(データ)②相手を説得する(ディベート)などといった
「テクニック的なコミュニケーション」であるのに対し、

        ’ナチュラル・コミュニケーション’は、

        ☆熱い想いを語ったり・・・
        ☆黙っていても人を魅了してしまったり・・・
        ☆自然に話しているのに深く出会ってしまう・・・などといった

         「エネルギーあふれる魅力的で自然なコミュニケーション」をお伝えします。

 元々人見知りが強く、自信を無くし迷路にハマっていた私は「どうすればうまく話せるのだろう」「どうすれば自信を取り戻せるのだろう」と答えを探してさまよい続けました。

何年もの年月が過ぎた時、一筋の光が差し込んで来ました。「コミュニケーションとはテクニックではなく、生き方、あり方の事なんだよ」と教えてくれた師との出会いから大きく人生が切り拓かれて行きました。

“どうしてこれだけがんばっているのに恋愛がうまく行かないんだろう・・・”
“どうして完璧に健康的な生活を送っているのに疲れが取れないんだろう・・・”
“ほんとにやりたい事は何なんだろう・・・”などなど

それ以降もいろんな方との出会いや先人たちの智恵に触れ、そうした難問が解けて行きました。そのエッセンスをぎゅっと絞って“ナチュラル・コミュニケーション”としてパッケージにしました。

さあ、これから皆さんをナチュラル・コミュニケーションの旅へいざないましょう・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 このメルマガは、本当に自然な自分を取り戻したい、自然に出会いたい、
イキイキとした人生を送りたい!といった方だけにお伝えします。

あなたの最高の友人として、1通ずつ大切にお届けします。
自然に身を委ね共に歩んでで行きましょう。。。(by Hiro)
(第1号は、3月1日発行予定です。さぁナチュラルの旅へご一緒しましょう)

ナチュラル・コミュニケーション (マガジンID:0000126357)



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# by naturalcom | 2004-03-07 22:54 | はじめに(メルマガ)

ナチュラル・コミュニケーション(プロローグ)


                   'Natural Communication'
                ~ナチュラル・コミュニケーション物語~

              ”いつから人は自然に出会えなくなったんだろう?”

~プロローグ~
 e-mail、携帯、インターネット、etc.現代ほどコミュニケーションの手段が急速に発達したことはありません。でもそうしたツールはあくまで手段に過ぎません。私達は手段を過信し、人間本来の自然に話すことを忘れつつあります。この事が人や自分自身と出会うことをますます難しくしているのです。

自然に話し、耳を傾ける。これはとってもシンプルなのに、「こう思われたらどうしよう」と相手の反応に一喜一憂し、本当の思いを隠し、実に不自由な態度で生きています。これは他人との間だけでなく、親子・兄弟・パートナーに対してまで本音を隠して生きるようになって来ているのです。

かつての私がそうでした。言いたい本音が中々言えず、相手の反応が怖く、内心とてもビクついていたのです。何とかしてこれを直そうといろんな成功本、コミュニケーションに関する本を数限りなく読み、当たり構わず「言いたいことを言うための武者修行」を荒療治として自分に課して来ました。

異業種交流パーティ、コンパ、趣味の集いなどをに日参し、「コンニチハ!」と勇気を振り絞り、自分から声をかける訓練をしたのです。ところが最初は調子よく威勢もいいのですが、話し終えた後、極度の疲労感と一抹の寂しさを覚えたのです。

迷路にはまったネズミのように答えを探してさまよい歩いていた時、「一冊の本」が目に止まったのです。

                 ”デール・カーネギー「人を動かす」”

 今から遡ること80年ほど前、ニューヨークの一角にあったYMCAの夜間教室で、デール・カーネギー「話し方コース」を開きました。“どうすれば人を感動させたり、影響を与える事が出来るのか”を教えたのです。彼がそのエッセンスをまとめたのがこの本でした。

彼の教えを受けて成功していった人、うまく話せるようになって自信をつけた人は数限りない程います。彼はもう亡くなって今はいないのですが、私もその本のアドバイスに沿って各種の方法を試してみることにしました。

例えば、「相手が興味を持っていることに自分も興味を示すこと」というものがあります。この方法に従って、歌舞伎好きな叔母に話を合わせました。彼女は大好きな分野だから、次から次にとめどもなく話し続けます。本来はそれ程興味のない分野なので聞き役に回らざるを得なくなり、ヘトヘトに疲れてしまいました。その他のアドバイスも試してみましたがまったくうまく行かず、「何かが足りない!」と感じたのです。

興味が無いのに興味があるフリをしたり、無理に話を合わせたり・・・。本当の思いを語らずに会話を続けても、うわべだけの付き合いになってしまい、全然楽しめないものです。本音で言い合ったりした方がかえってうまく行く事が多く、この事が「何かが違う、足りない」と思わせたのです。

~何故うまく行かないのか~
 世の中では、方法、テクニックばかりに重きが置かれています。ですが実際にその通りにやってみても決してうまく行くことはなかったのです。”何故うまく行かないのか?”この問いへの長い旅路の果てにようやく答えが見え始めたのは、ある師との出会いでした。

”君は、やり方・方法ばかり追い求め、本当の自分の思いを言っていないね。話すとは「やり方」ではなく「あり方」なんだよ”。師は、私に優しく、しかし強いことばで言い放ちました。その瞬間、私は目が覚めた思いでした。”そうか!「何を話すか」より、「どう話しているか」が大切だったんだ!”ようやく一筋の光が差して来たのです。

今までは、表面だけを装飾する「やり方」ばかりを取り上げ、土台である本来の優しさ、温かさ、思いやりのある人間性に基づくコミュニケーションの「あり方」を誰も教えてはくれていなかったのです。

カーネギーの時代は、コミュニケーションの手段としては電話、手紙くらいしかありませんでした。その時代は、ツールを使うことはあくまで補助手段であり、本来の自然な思いを伝えることが目的だった筈です。ですからうまく自己表現できる「手段」さえ学べば、自信を取り戻し、イキイキと自分の思いを語れたのだと思います。

しかし現代では、文明の発達によって、会話能力が落ちています。その上、ストレス社会の中で、人は傷つくことを恐れ、自分を守ろうとし、本当の思いを語らなくなりつつあります。そんな中でいくら一方通行的に話す「やり方」が上手になったとしても、人間関係は改善されない・・・。このことに私は気づいたのです。

~ナチュラル・コミュニケーションとは~
私は「スラスラと話しができることよりも、どう自然に話し合えるか」が大切だと思います。そうした願いを込めて”ナチュラル・コミュニケーション”と名づけました。

”ナチュラル”とは自然な温かいエネルギーあふれる人柄であることを意味しています。黙っていても何となく温かさの伝わる人ってあなたの周りにもきっといる筈です。

そんな人と話すとこちらも穏やかな気持ちになり、ほっとします。いらいら怒りっぽくなっていた自分を反省することもあります。

今までこうしたコミュニケーションのあり方は、私の知る限りまったく紹介されて来ませんでした。実践的な技術を書いている本では、相手を操るものが多く、また反対に、暖かさが伝わる本では、いまひとつ普遍的に体系化されていないので、どちらにしても読者は戸惑ってしまうのです。

世の中は、文明の発達への反省としてナチュラル、オーガニックなどの自然回帰、自然志向などがトレンドとなって来ています。そうした中でコミュニケーションの分野においても本来の素直さ、自然さが求められているのではないでしょうか。

ところで皆さんは”ナチュラル・コミュニケーション”をすでに身に付けている人としては、どんな人を想像しますか。私はトム・クルーズを挙げたいと思います。彼の最高の笑顔、初対面でもすぐ友だちになれる気さくさ、温かくエネルギーあふれる雰囲気、人を尊敬し、大切にする姿勢、そして澄み切った声と抜群のセンスなどその自然な魅力を数え上げればキリがありません。なるほど彼と会うと殆どの人が魅了されてしまう訳ですネ。

まあそこまで行かなくても、まずは自然に自分を表現できるようになれたらそれだけで最高ではないでしょうか。それでは、今から皆さんからよく受ける質問を元に”ナチュラル・コミュニケーション”の特長をお伝えしていきましょう。。。


Q1 普通に話すことならすでに出来ています。ナチュラル・コミュニケーションは、どこが普通のコミュニケーションと違うのでしょう?
A1 ポイントは、深いレベルで話し合えているか?出会えているか?です。ナチュラル・コミュニケーション出来ている人かどうかは周りの人に聞いてみるといいです。「あの人には気が許せますか?」「ほっとしますか」と尋ねて見れば、スグ分かることです。

Q2 もう少し詳しく違いを教えて下さい。
A2 違いが分かり易いように極端な例を出しますと、映画などで男女が見つめあっていい雰囲気となるシーンがありますね。あのような場面ではことば数は少なめか黙っています。”ナチュラル・コミュニケーション”では、実は黙っているときの雰囲気も非常に重視します。その人の静かなワクワク感や情熱が強ければ強い程、黙っていても魅力的な雰囲気として伝わって来ます。

Q3 そういう魅力的な人になりたいのですが。。。
A3 自然な思いと情熱は一見相反するように感じられますが、根本は同じです。レストランの例で考えてみましょう。自然・無添加にこだわり過ぎて必要以上に何でも排除してしまい、味も素っ気もないという自然食レストランがあります。その一方で自然派でありながら人を惹きつけるオシャレなレストランもあります。こうしたレストランからは、「いいものをたくさんの人に食べて欲しい」という情熱が感じられるものです。つまり「どれだけ自然に人を魅了する人柄か」ということがナチュラル・コミュニケーションの身上とするところです。

Q4 でも私にはとても出来そうにありません。そんなにカンタンに行くものでしょうか。
Q4 確かにカンタンではありません。でもそんなに複雑に難しくもないのです。逆にお聞きしますが、人生をいつの時点からそれほど複雑にして行ったのでしょう。子どものとき遊びたいと思えば遊んでいたのではないでしょうか。でもお母さんやお父さんなどにヒステリーのようにダメ!と言われ続ければ、だんだんと遊ぶときに遊んでいいのかなと思い始めるでしょう。ワンちゃんが「人生とは???」って考えないでしょ(笑)。本来の自然な自分に帰って行けばいいのです。

Q5 私はよく人間関係のトラブルに巻き込まれることがあります。占いやカウンセリングを受けても今イチピンと来ません。何故でしょう?
A5 あなたは日々、自分の内側でブツブツと雑音のように言っていませんか。「あ~なったら、こ~なったらどうしよう」とつぶやいていませんか?そうした人は世の中を濃い色メガネで覗いているようなものです。だからどんな事でもトラブルに見えたり、ささいな事でひっかかるのです。自分の内側にさざなみが立たなくなり、スッキリとして来ると、世の中がハッキリと見えて来ます。そうすると問題の本質が良く見え、シンプルに解決できるようになります。また無用なトラブルを避けられるようにもなるのです。

Q6 どうすれば、そんな平穏な気持ちになれるのでしょう?
A6 詳しくはもっと深いレベルに来たときにお伝えしますが、初めは自分の自然な思い・感情を安心して話せる人と分かち合って見て下さい。そのときに平穏な気持ちになって行く事でしょう。次に夜寝る前と朝、自分自身にやさしく語りかけてみて下さい。落ち着けない場合は、何か引っ掛かることがあるのかもしれません。そのときはまずその事実に直面し、紙に書いたり、親しい人に話したりして、自分自身の問題をクリアにして行くといいです。ただこれは自己流でやるよりコーチやアドバイスを受けながらした方がうまく行きますよ。

Q7 何故理論(宗教・心理学・哲学・文学等)だけではうまく行かないのですか?~
A7 本来、コミュニケーションは、学問することではないと私は思います。分かったからと言ってうまく行く訳ではないのです。昔精神分析の分野では大家と言われる人に相談した時に、彼は私の目を見ず机に話し掛けていました。コミュニケーションとは頭で考える事では無く、ハートで感じるものなのです。ですから劇的な恋愛や人生を経験した人のことばはなぜかシンプルなのにズシーンと響くでしょう?


                    ♪コーヒー・ブレイク♪

~パワフルに生きる秘訣~
私は以前に比べるとはるかにエネルギッシュになって来ました。かつては、筆圧のいるボールペンで字を書くにも疲労するというほどヘトヘトの毎日でした。「これが治ればいくらでも払ってもいい!」とさえ思いました。あらゆる健康食品、スポーツクラブなども試しましたが一向に改善されなかったのです。

悩みに悩んである日、地元でよく当たるという占い師に見てもらいました。「どこか悪いのでは」とビクビクしなが尋ねると、見てスグ「君ねぇ。どこも悪くないよ!でもネっ。神経がソーメンより細いんだなこれが。だからクヨクヨ悩む。それで疲れるんだよ。自信を持ちなさい。自信を持てば、君はいいものを持っているから必ずうまく行くよ」と言い放ったのです。

その後も紆余曲折しましたが、ようやく自信を取り戻せるようになって行きました。確かに一時は自分のイヤな感情にも向き合って逃げたくなったこともありますが、遠回りのように見えて実は近回りだった事にも気づいたのです。

「うまく話そう」というのは、「プラス思考」「前向きに生きよう」と考える事にもつながりますが、そうすると「失敗するのでは」という「マイナス思考」「後ろ向きの考え」が頭をもたげて来ます。「マイナス思考」は自分に対する不安の現れですが、それを無視して行こうとしても問題の根本は解決されたことにはなりません。自分のマイナス的に考える面も含めて受け入れるようになって初めて、本当に深いレベルで自分を認め、自然にイキイキと生きられるのです。

言い換えればマイナスもプラスの感情も自然に表現出来るようになって初めて‘ナチュラル・コミュニケーション’に生き始めたと言えるでしょう・・・。

~ナチュラル・コミュニケーション事始め~
 自分の後輩を紹介しましょう。22歳の彼は、クールな雰囲気で、女の子には人気がありました。でも怒りっぽいため、一緒にいて気疲れすることがありました。そこでそのことを言ったのです。「何かね~。一緒にいて気を使うんよね~」。自分の正直な気持ちを伝えたその時、ふわりと気持ちが落ち着いて行きました。彼は「そうだったんスか。知らんかった!自分にとって先輩が一番話しやすい相手だったんですよ!」と言いました。

彼は、本当はものすごく人が怖く、それでつっけんどんに女の子に接していたというのがクールな態度の真相だったのです。その上心を許せる友人というのは殆どいないため、病院で薬を処方してもらう程悩んでいたのです。

 私は驚きました。しかし良く周りを見渡してみると本当に深いレベルから自然に話せている人は殆どいず、あなただから話せるけどと前置きして話して来るのです。ある人は奥さんに、ある人は上司に、ある女性は同僚の女性に実は気兼ねしているのです。ですから非常に気疲れする訳です。そして飲んだり、歌ったりしてストレス解消する訳です。でもまた翌日から元通りになり、また週末は飲みに。。。という繰り返しをしているのです。

~最後に~
殆どの悩みは人と自然に話し合えないこと、自然体で生きられないこと、生きがいのある人生を生きられないことだと思います。幸せは遠い所にあるものでは無く、目の前にあると思います。
最高の自分を自然に振舞えイキイキとした人生を生きられれば、どれだけ素晴らしい事でしょう。

そうした人間本来のコミュニケーションの姿、自然に還るあり方で話し合えれば、どれだけ人生が、毎日が最高に生きられることでしょう。このことをお伝えしたくて、自分のライフワークとして始めました。


               ”最高のあなたでいることを願って...”

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                  ~禁無断転載~
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# by naturalcom | 2004-03-07 22:49 | プロローグ

ナチュラル・コミュニケーション(実践編)


                   'Natural Communication'(実践編)


                   ”じゃあいったい私はどうしたらいいの?”


‘ナチュラル・コミュニケーション’をご紹介したところ一部の方から「続きをぜひ教えて欲しい!」「じゃあどうしたらいいか早く聞きたい!」と熱望されました。そこで具体的な事例を紹介しながらそのポイントを解説していきましょう・・・。


~シ-ン1「話さなくても伝わるもの」~
 21の夏、初めての海外旅行でアメリカニュージャージー州を訪れた。ニューヨークから1時間ほど走った牧歌的な田舎に住むポングラス家に1ヶ月お世話になることになった。ホームステイも1週間を過ぎた薄曇りの日、裏庭のプールでファミリーの兄弟たちとふざけあっていた。

ふとあたりを見渡すと、他のステイ先の日本人と子ども達もやって来た。その時、なぜか不思議な孤独感が訪れた。皆仲良くしている中で、自分だけが無理して元気を繕っているような気がしたのだ。

                 “What’s wrong? What’s the matter? ”
                        ~どうしたんだい?~

 2歳違いの17歳の兄、ジミーが心配そうに顔を覗き込んで来た。他の日本人、アメリカ人の誰も私の内面には気づかず、繊細な彼だけが、何も言わずとも私の寂しそうなエネルギーをキャッチしたのだった。


~ポイント1「なぜ黙っていてもわかるのか」~
 本来、私たちは、自然界に生きていた時、微妙なエネルギーを感じ取れていました。でも都会の雑踏、内面の葛藤・雑音で聞こえなくなっているのです。そうした事を省みず「どうすれば相手は動くか。何を話せばいいか」などの即効薬ばかりを追い求めているのです。

ジミーには、私の「内面の声」が届いていたのです。こうした「話さなくても伝わるエネルギー(雰囲気)」が結局は一番大切なものだと私は思います。

 私はこうした微妙なコミュニケーションを体系化して人々の道しるべとしたいと思いました。その思いが‘ナチュラル・コミュニケーション’として出来上がって行ったのです。


 ~シ-ン2「本当に言いたいことが言えない」~
入社して2年目の夏、後輩が入って来た。彼は、先輩を先輩と思わず、少しなめたような口調で話すのだった。先輩としてしつけなければならないと思いつつ、叱ればいいのか、優しく言えばいいのか迷い、いつまでも肝心な事には触れずじまいだった。

週末、言いたい事が言えない自分に腹が立った。裏山に登り、山肌のコブを大またぎで駆け上りながら、叱るセリフを何度も練習した。「〇〇!オマエはな!ココがいけないんだよぉ!わかったか!」。叫んだ声は山の中に消えていった。

翌月曜日、また彼と車で外回りをした。雑談を延々する彼にいつ切り出そうかと考えた。「こう言おうか。ああ言おうか」迷ううち夕陽が差して来た。「そろそろ帰ろっか!」彼は言った。「そうやね」と答えるとまた今日も言えなかったと自分を責めるのだった。


~シーン3「言ってるようで言ってない」~
 主婦、子育て、仕事とソツなくこなして来た彼女は、人生の折り返し地点を過ぎ、一段落した後、世の中を覗いて見た。すると「自分のやりたい事をやって充実した人生を送っている」人達がいることに愕然とした。

「やりたい事をやれなかった分取り戻すの。私と同じ世代でこんな事考える人いないのよね」と語るその彼女からは少し疲れたエネルギーを感じた。

私は、彼女の奥底の叫びの声を探してみた。すると厳格な母のことばの枠にがんじがらめになりながら、亡くなった父の語っていた夢のことばを糧にして、必死に生きている姿が見えてきた。

「まるで母という古びた汽車に乗り、父というレールにはめられているようですね」

彼女は誰にも核心部分のつらさは打ち明けていなかった。「安心して話せる人に一番言いたかった事を 言うことで解決出来て行きますよ」とアドバイスするとほっとした様子だった。


~ポイント2「真面目な人に多いパラドックス(逆説)」~
人生を真面目に考え過ぎる人や頭で考える人は、“不満、怒りは考えてはいけない。感謝しなければ”と妙に道徳心を持ち出し、自分の中の感情をクリアにせず、フタをしてしまうのです。でもこの深くに眠るマグマは消える事はありません。ある時、病気・事故・トラブル・ストレスといった形で現れて来るのです。

一方、一日を満喫して生きる人、バカになれる人、自分をさらけ出せる人は、そうした感情を溜めることなく、実に自然に生きられるのです。


・・・・ここまでは、話す方を見てきましたが、今度は聞く方を見て行きましょう。・・・・・


~シーン4「相手の思いをキャッチしていない」~
 新しい職場で「洒落た飲み屋に連れて行ってやるよ」と先輩が誘って来た。階段を下りた所にあるそのお店には、22歳の中山美穂風の女性が接客してくれた。お行儀が良く、スラリと伸びた脚、ショートカットでまとめた髪、そしてとても優しそうな眼差しに、私のハートは釘付けになった。

「ネェ、大輔クンに似てるって言われません?」声をかけられ、はっと我に返った。
「うん、知ってるけど・・・」確かヤクルトに入ったあまり目立った活躍をしていない投手だった。
「似てるよね。私ファンなんです・・・」

しばしのたわいもない雑談を重ねた後、そっと電話番号を書いたメモを渡してくれた。
先輩達のひやかす声が耳に響きつつ、初めてきれいな女性から声をかけてもらいドキドキしてしまった。

ところが翌日電話をかけてみると、そっけない返事だった。趣味の英語の話をしても乗ってこない。“昼間なので緊張しているのか、あれは社交辞令だったのか”などいろいろな思いがかけめぐり、まともに話せなかった。だが何とか木曜日に会う約束だけは取り付けた。

約束の6時より30分も早く着いた。あまりに自分には不相応と思っていた為、何とか気を落ち着けるため500ミリのビールを一飲みして待ちつづけた。ところが6時半を回っても彼女はやって来なかった。“ひやかしだったのか!”と思い、彼女に電話してみた。

「あっ!」彼女の第一声は、忘れていたという返事だった。「ごめんなさい」と言われた後、間をもたせようと上の空で話してしまった。今となっても何故自分だけにメモを渡してくれたのか、何故忘れられたのかの真相は分からない。


~ポイント3「人はなかなか出会えない」~
人はあたかも話し合っているかのように見えます。でも本当は同じレベル・目線で話し合えていない事が多いのです。幼少の頃に出来上がった色メガネでしか世の中を見ていないのです。

人間はある種のことばをたよりにして生きています。「オレはこういう人間だ!」「ちくしょう」「寂しい寂しい」「なんて楽しいんだろう」「生きてて良かった」などといった色メガネで世の中を見ているため別の次元でコミュニケーションしているのです。その事実に深いレベルで気づいた時、目の前が大きく拓けて来るでしょう。


~エピソード1「オオカミ少女とヘレンケラー」~
1922年北インドでオオカミに育てられた少女(推定5歳と8歳)が発見された。生まれた時からことばも無く、ただ動物の反応体としてオオカミの世界に生きていた。彼女たちには「生きている」「死んでいる」「食べもの」「人間である事」「オオカミの世界に生きている事」などの意識もまったく無かった。それはオオカミには『ことば』が無かったからだった。静かに動物の世界に暮らしていたのだった。

人間に引き取られた後、3歳の子は極度の不安状態に陥り衰弱死、8歳の方も宣教師に引き取られ、心理学者に育てられたものの結局は人間になれず、死んでしまった。生まれたときから動物として育てられた彼女達には後から「ことば」を道具として覚えさせようとしてもムリな話だった。

一方、1880年に生まれ、1歳8ヶ月まで人間に育てられたヘレン・ケラーには、下地としてのわずかな言語機能が働いていた。しかしその直後、原因不明の高熱と腹痛で光と音を失ったヘレンは、動物のように刺激と反応の世界に生きていた。
1887年の3月ののどかな春を迎えた日、22歳の学校を卒業したばかりのサリバン女史がやって来た。彼女は、ことばを“道具ではなく、持つ喜び”を教えた。

教育を始めて3ヶ月目、300語くらいことばを覚えた時だった。ヘレンはまだ動物と同じような怒りのエネルギー反応を起こすかんしゃく持ちだった。コップと中の水を同じ物とを主張し、サリバンと争ったのだった。

サリバンは「違い」を教えようと庭にある井戸のところまでヘレンを連れて行った。一気に水をくみ出しヘレンの手に流した。冷たい水が手の平から全身に響き渡った。「ウォーター」。初めてことばによって世界が見えたのだ。


~ポイント4「最高の宝物『ことば』」~
 人間は最高の宝物「ことば」を授かりました。人間だけがことばを自在に操り、ことばによって物を区別し、世界を存在させ、文化を遺し、文明を進化させて来ました。現代ではメールや携帯でカンタンに用件だけ伝えることが出来ます。コンビニでもバーコードで読み取るため、まともな会話が交わされなくなって来ます。そうなると、ことばを単なる道具、会話を手段ぐらいにしか使わなくても良くなり、ますます人間の会話能力は落ちていってしまうのです。

‘ナチュラル・コミュニケーション’は、自然に人と出会え、そして本来の自分自身を取り戻し、最高の人生を送れることを意図しているのです。

子どもは微妙なエネルギーを瞬時にキャッチします。母親が不満を溜め込んでいて外側でいい事を言っても全然うまく行かないでしょう。人間関係でも一緒です。一時的に人はだませても長い目で見ると相手や自分を偽ることになり結局はうまく行かないのです。


~シーン5「事故を呼んでいた『怒りのことば』」~
 「お父さんは自分の事しか考えていないのかいっ!」。
父に「お父さんの顔に泥を塗るような言動はやめてくれんね」と言われた私は、怒りが心の底から込みあがって来た。自分は自分らしく生きているだけなのに、父が昔いた会社に入っているだけなのに、何故いつまでも言われないといけないんだ。自分の中の‘核ボタン’にスイッチが入った私は、喫茶店を飛び出した。

「チクショウ!チクショウ!今に見てろ!」悶々と怒りのエネルギーが込み上げて来た。対向車線の車が止まってくれたので、すぅっと右側に入って行ったその時、“ガシャーン”目の前におじいさんが乗るバイクが横切った。いわゆるサンキュー事故というヤツだ。

「何で!飛び出して来たんだ。どこを見てるんだよぉ」自分のことは棚に上げつぶやいた。

「大丈夫ですかっ」倒れたおじいさんを起こすとケガをしていた。病院へ運ぶと顔の骨が折れていた。

「どうしてこんな事になったんだろう・・・」と思った。今までの事故を振り返ってみれば、実に悪いタイミングでぶつかったり、交渉が難航したり、からまれたりしてばかりだった。自分はどうしてこんなにツイていないんだろうと嘆いた。


~ポイント5「根っこのことばはなかなか取れない」~
根っこにある怒りのことばにフタをし、表面的に感謝していても、深いレベルでは許していないため、ふとした何気ない一言に反応してしまうのです。自分の周りには、マイナスエネルギーがあふれ、視界は曇り、世の中が見えなくなってしまうのです。だから事故を引き付け易くなってしまうのです。

この事故を機会に目が覚めました。良心的なそのご夫婦が私に気づきを与えてくれたのです。


~シーン6「ズレていた人助け」~
「よくがんばったネ。ありがとう」ねぎらいのことばをかけた時、彼女の目にはみるみる涙が光った。

保険のセールスレディをやっていた彼女は、今日が最後の日だった。殆どの同僚が社交辞令のことばしかかけなかった中にいて、いつも友だちのように公私共に接していた私には特別の想いがあったようだった。

「アンタんこと、スキやったんよ」と潤む目で言われた私は、とてもうれしかった。

だがコミュニケーションは「やり方・方法ではないよ」と教えてくれた師は、自慢気に話す私にぼそりとささやいた。「キミね。あんまし人助けも調子に乗らない方がいいよ。あんまりやり過ぎると血を吸われるよ『チュッ、チュッ、チュッ』」吸血鬼の真似をして私に言った。

何の事かわからず、2年の歳月が過ぎた。ある事でお金の都合がつかなくて困っているという話を聞いた私はいてもたってもいられない気がした。

「ボクにまかしときなよ」
「ゴメンネ」と彼女はぽつりと答えた。

翌日、彼女は昨日のことばを翻して来た
「あなたにそこまであまえられん!やっぱしやめとく」
「甘えればいいじゃないか!大船に乗った気持ちで・・・」

その時だった。ビックリするようなことばを彼女は吐いたのだ。
「アンタね。いいかげんにしときいや、それ以上言ったらアンタの家庭メチャメチャにするけんね」

裏街道を生きてきたというその彼女は、豹変したのだ。二つの顔を持っていたのだ。
私にはまったく見えていなかった。2年前の師のことばが目の前をよぎった。「このことだったのか・・・」


~ポイント6「見えているようで見えていなかった自分自身」~
自分は助けているつもりでもズレている事があります。相手のマイナスエネルギーをうまくかわせず、引き込まれているのです。このことが見えずにやみくもに人助けをしてもうまく行きません。こうした現象をキャッチ出来るようになれば、無用な事故やトラブルに巻き込まれにくくなって行くのです。

人間は、誰でも「自分を分かって欲しい」と思っています。表面に出ていることばはその裏返しなのです。本当に相手を思い、尊敬し、自然に受け止めて行くとき、人は心から安心し、深いレベルで出会って行けるのです。


                         ♪コーヒーブレイク♪

~読者から寄せられた質問を元にした物語~
エミ:私コミュニケーションの事で悩んだ事ないの。伝えたい事はちゃんと伝えているし、やりたい事もやってるしネ。

ヒロ:それはすごいネ。でも多くの人はなかなかホンネは言わないものなんだよ。

エミ:ふーん、そうなの?

ヒロ:人は自分の「ことば」通りに世の中を見ているんだよ。例えば「怒りのことば」に生きている人は何でもトラブルに見え、「悲しみのことば」に生きている人は何でも悲劇に見え、「笑いのことば」に生きている人は何でも喜び・チャンスに見えたりするんだよ。

エミ:じゃあいいことばだけ吐いていればいいのね。

ヒロ:事はそうカンタンじゃないんだよ。自分の種となることばを幼少の頃両親や育った環境で植え付けられる。それが大人になるに連れて発芽して行くんだよ。種には生命のエネルギーがあるよね。ことばもそれ自体エネルギーがあるんだよ。

エミ:へぇ~そんなこと全然知らなかったぁ。ところでそんなヒロさんは誰とでも本音で語っているの。

ヒロ:そんな事はないよ。人によっては自分の考えにどっぷり浸かっている人もいるし、話したくない時もあるでしょうしネ。そういう人は何となくわかるから、見守るようにしているよ。そういうのは自分の色メガネが外れてくるとよく見えるようになるんだネ。その人の発しているエネルギーが感じ取れるんだよ。

エミ:その辺の見分けるコツみたいなのはないのかな。それとどこまで話したらいいの か・・・。

ヒロ:まず自分がクリアーでいる事だね。雑音まみれじゃ聞こえないのと一緒。相手の事で言えば、何となく元気が無い、ことばにトゲを感じる、悩みがありそうな表情などからキャッチも出来るよ。
   
まぁあんまし頭で考えすぎないことだね。それと相手のことを思いやる気持ちも大切だよ。その辺のニュアンスまではちょっとここではムリだな。じっくり具体例と共にアドバイスするよ。

~最後にココまで読んでくださった方々へ~
ナチュラル・コミュニケーションの実践編をお届けしました。プロローグと合わせて読むとかなり見えてくるものがあると思います。出来る限りヒントとなるよう配慮したつもりです。

また何かわからない事があれば、ご相談下さいね。ではまた・・・いつかお会いしましょう。。。
                   ~禁無断転載~         Presented by Hiro
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# by naturalcom | 2004-03-07 22:44 | 実践編